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2006年8月 4日 (金)

明け方の空の下

昨日取材に伺った宝福寺さんでは、

明日、5日(土)まで

「暁天座禅」なるものが行われています。

ニュースなどで知ってはいて、

座禅は経験がないので

(昨日はこども達の様子を観察していたため実際にはしていない。

    一緒に体験していたとしても15分間のミニ座禅でした)

これも何かのご縁と、今朝、行って参りました。

<暁天>座禅、ですから、

夜が明けないうちから始まります。

午前4時半から受付開始。5時スタートで一時間。

案の定予定より少し遅く家を出て、

お寺に着いたのは4時50分。

受付をしているうちに、集まった方々は方丈の縁側から順に

座り始めていました。

いそいそと、

まだ薄暗く、すれ違う人の顔も定かには見えない廊下を抜け

腰を下ろします。

昨日の今日で

やっぱり座布団の上で格闘していたら、

和尚さんが来られて、片足だけでいいと案内くださいました。

なんとか体制を整えて深呼吸をひとつ。

すでに瞑想にふけっているかのような

前2列の人々の背中を見渡してから、

ゆっくりと

正面に広がる庭の景色に目を遣ると

すでに

空は白み始めていました。

今朝の岡山の日の出は5時16分。

蝉時雨に、時折響く鳥の声。

時折すうっと吹きこむひんやりとした風。

心地よいお香のにおいと

生き物のように

ゆっくりと身体をくねらせて立ちのぼる煙の向こうで

だんだんと

着実に明るさを増す世界が美しくて。

見入っているうちに

何故か涙が左の頬を伝い、

ぽとり、ぽとり、と

落ちました。

それからゆっくり目を閉じてみる。

何も考えず、感覚でこの空間を感じよう。

ところが慣れないせいか、

しばらくすると目を閉じていることが苦しくなって。

明るくなっていく様子を見たい、

という欲求が勝るのかもしれないけれど、

その後もしばらく目を閉じて、開けて、を繰り返していました。

どうしても雑念が頭から離れず。

昨日同じ場所で座禅をした子供たちの心情はどうだったろう、とか

あれこれ考えている自分にはっと気づいて

無にしようと勤めるのですが、

やはりしばらくするとまた、考え事をしている自分にはっと気づく。

片方しか上げていないのに、

足はどんどん重く痛くなっていくし。

今どのくらい時間が経っているのか。

途方もなく長いようにも、

まだほんの少ししか経っていないようにも感じられて

足の痛みの限界を心配し始めた頃、

拍子木の合図とともに、

和尚さん方が、

警策を持って、ゆっくりと歩き始めました。

その気配がとても大きな存在感を纏ってこちらに近づいてくる。

それまで穏やかに流れていた時間が

一瞬にして張り詰めたような気がしました。

そして、

誰か特定の人に向かってか、私達全員に対してか、

二度ほど

「動くな!」という大きくて太い叱責のお声が響きました。

そしてあちらこちらから

びしっ、びしっ、と鳴り響く音。

そうしているうちに

延々と続くと思われた時間は

後半はとても短く感じられ、

終了の合図と、

「合掌してください」という静かな声で、幕を閉じました。

初めて体験した感想。

全然ダメでした。

・・・一度や二度では、何も語れない。

まず座禅そのものに慣れていくのに

しばらく回を重ねないといけない気がします。

それから、心を落ち着かせることを覚え、

だんだんと型が出来て、徐々に深いところに

進んでいけるのではないかと。

(そう、やはりいずれはきちんと足が組めなければ)

参加者の多くは、

この五日間の「暁天座禅」に毎日参加している方が

多いようでした。

きっとそれを、

もう何年も重ねているのでしょう。

戸惑うばかりだった私とは明らかに違う落ち着きや

迷いのない動きをしている方が多く見受けられました。

大切なことですよね。

とはいえ、

参加したことが第一歩。

ほんの欠片でも何か身にはなったはず。

早朝の清冽な空間に身を置けただけでも

行ってよかったなあと素直に思います。

昨日のご住職は

こども達に優しいお顔を向けていましたが、

今朝は大人相手(中には子供さんもいましたが)、

少し厳しい表情でした。

でも

私を見つけてくださっていて、

終わってご挨拶にうかがうと、

「よう来られたなぁ」「また遊びにおいで」と、

やっぱり昨日と同じ優しいお顔で送ってくださいました。

明日は出向けそうにないけれど、

これで終わりにはしないようにしよう、と決意した朝でした。

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コメント

何故か涙が・・・

座禅の経験はありませんが、この静粛のひと時が、普段見過ごしている大事なものを、見えるようにしてくれているんでしょうね。

投稿: ラリワ | 2006年8月 5日 (土) 07時36分

あさの、そうちょうの
ざ・ぜ・ん。
いい響きです。
いちどやって見たいとおもいながら、
結局、こうしてその苦行のようすを知ると
また、後ずさりしてしましそう。

たいへんでしたね。

なごみ丸

投稿: なごみ | 2006年8月 5日 (土) 16時11分

ラリワさま

不思議なのですが、
何か感情が込み上げて来て・・・というのではなく、
普通に。
日々呼吸をするいとなみのようにごく普通に
零れ落ちた涙でした。

頭では分からない何かを
体が(感覚が)感じ取ったのでしょうか。

投稿: ちひろ | 2006年8月 6日 (日) 17時55分

なごみさま

いい響きですよね☆
やってみると、
大変だった、という感覚は全く無いです^^
是非、
機会があったら参加してみてください。
その体験が反映された
なごみさんの詩を読んでみたい。
個人的な願望です(^^;)

投稿: ちひろ | 2006年8月 6日 (日) 18時00分

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